父が定年を迎えた

父が定年を迎えた。
2年前から「もーやめてもええやろ」とごね続け、とうとうやめた。
62歳、年金受給まではまだ3年ある。
母も気ままな主婦なので実家は無職2人組。
「退職最高」
そう言って父は持病の薬を焼酎お湯割で飲み干した。
「薬飲まんよりマシやろ」とのこと。

それは知らんけど定年して落ち込んでるより

ウキウキしているほうがマシ。


父は昔から酔うと
「お父さんは将来仙人になりたいねん…霞を食べてかるーく生きると…」
と言っていた。

酒を飲んでいる時点で水分たぽたぽ。

仙人にはなれまいと思っていた。


私の二十歳の誕生日に両親はワインを飲みながら

「まりこは20歳まで生きれないと思ってた。
どこかで自殺しそうな危うさがあったから。この人に似てるねん」

なんてことを言い、わたしは高野悦子の「二十歳の原点」を渡された。

その本に書かれていることに1ミリも共感できず、

私は死なないという自信がついた。


父はよく本を読み、非常に博識だった。

聞くと昔は弁護士か絵描きになりたかったのだという。

しかし田舎の農家の長男にそれは許されず、

手に職をと、技術者を目指して高専に入ったそう。

定年まで大阪にある分析機器のメーカーでエンジニアとして働いた。

そんな父なので私が芸大に入るというと非常に喜んだ。

学費がかかる…なんてことは言われなかった。

父はもともと技術者ではなく弁護士で絵描きだったのだな…

難しい時代に生きて、私たちには好きなことをやらせてくれたんだ。

と思っていたら父の部屋から

父が14歳の時にとったアマチュア無線の免許が出てきた。

「技術系もやりたかったんかーい!筋通っててよかったやーん!」と思った。

14歳には弁護士・絵描き・エンジニアの可能性が広がっている。


非常に真面目で、週末になると自室で仕事に関わる勉強ばかりしていた父。
そんな、父のいつも言う仕事観は
「休みたい。そら休めたほうがええよ。

きれいに有給使うからお父さんは出世できひんねん」だった。

なので週末家にいない父、なんてことはなかった。
山へ、キャンプへ、時にアスレチックへ。
父、家にいまくり家族はレジャーしまくり。
最近は退職めざしてフラメンコ踊りまくり。

趣味最高だ。


父は無名で、

良い意味で不真面目で、

雰囲気に左右されず、とはいえ人を左右もせず、

否定をせず、アルコールモンスターのように酒を飲み、

仕事に不真面目でこっそり真面目だった。


だからなんやかんや言うて
我が家は姉が留学できたり、

私が芸大に入れたり、

母がギターを極めれたりしたんだろうな。

それはとても、すごいことだと思う。


というわけで我が実家は父の時代に突入した。

早死にの母の家系と違い父の家系は超長生き。

20年くらいありそう。

無職で生活をダウンサイズするために料理をしたいという父。

無職でお金がないと言いながらワインを飲みフラメンコは絶対通う。

趣味に生きようとする父のスネはもうかじれない。

ひゃー!私は私で仕事をがんばるしかない。


でも、仕事をがんばるとか言いつつも

仕事に対しては、ちょっと父のようにふわっと軽くありたいなと思った。

真面目にやりながらも、不真面目さを保つ。

人をなるべく左右せず。自分が右に行くか左に行くかは自分で決め。

社会の重鎮ではなく、かるちんめざして。

わたしが目指すのは、重鎮ではなく軽い感じ。


そしてわたしがいつか仕事を辞める日には

「退職最高」と軽くやめたいなー。

父の退職におもうのでした。